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細田守監督『バケモノの子』はネトゲ廃人に送る物語【ネタバレありの感想・レビュー】

 7月11日に公開されたアニメ映画『バケモノの子』。

 物語の舞台が渋谷なので、渋谷の映画館に行こうと思っていたのですが、初日舞台挨拶が有楽町のTOHOシネマズ スカラ座で行われるということでそちらで観ることに。

 舞台挨拶の回のチケットは抽選のため手に入らなかったのですが、ある意味、一番『バケモノの子』を推した飾りつけになっていると考えたからです。

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 チケットを買ったのは初日19時からの回。半分ほど埋まった観客席は20~30代中心で、特にカップルが多いように感じました。10代以下や親子連れが少なかったのは土地柄かもしれませんが、スタジオジブリ作品のファンを引き継いでいるかのよう。

 金曜ロードショーでの細田作品の放映など、ジブリと同じ手法で宣伝しているので、狙い通りといったところでしょうか。

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 そして、このエントリを書くために、TOHOシネマズ渋谷でも2日目20時50分の回に改めて観ました。年齢層は有楽町よりやや低めではありましたが、やはり20~30代が中心。舞台になっただけあって、すべての回が満員でした。

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 劇場の看板で2つの画像が並べられているように、『バケモノの子』は人間界の「渋谷」とバケモノ界の「渋天街」で物語が展開します。

 2つの世界で物語が展開されるのは細田守監督の作品ではよくあることで、『おおかみこどもの雨と雪』では人間の世界とオオカミの世界、『サマーウォーズ』では生身で生活する現実世界とアバターで活動する仮想世界のOZがありました。『時をかける少女』も、主人公が別の時間軸を生きるという意味では該当するかもしれません。

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 物語で、主人公の九太はふとしたきっかけから渋谷から渋天街に迷い込み、バケモノの熊徹を師匠として成長していくことになります。

 ファンタジーの世界の中で師匠と弟子のドタバタ劇が繰り広げられるわけですが、「おっ」と驚いたのは中盤で九太が現実世界に戻ること。

 異世界ものの作品といえば、『千と千尋の神隠し』『魔法騎士レイアース』などに代表されるように、異世界でさまざまな経験をした後、現実世界に戻って大団円となるのが定番。しかし、『バケモノの子』では異世界から戻っても終わらないだけでなく、その後も異世界と現実を行き来しながら、生活していくのです。

 「これは何を言いたいんだろう?」と思いながら観ていたのですが、「もしかするとゲーム、特にオンラインゲームと異世界を重ね合わせているのではないか?」という考えに至りました。

 離婚や母親の交通事故死で孤立した現実世界を離れ、ファンタジーの世界で居場所を見つけていく九太。それはあたかも社会からドロップアウトして、オンラインゲームの世界でレベルを上げたり(修行をして強くなる)、お使いクエストをこなしたり(各地の宗師に会いに行く)、ギルドで活動したりと(多々良たちや弟子たちと一緒に活動する)、異世界で独立した経験を積み重ねていくネトゲ廃人のように見えたのです。異世界がゲームを象徴しているのであれば、現実と異世界を行き来するのも納得できますしね。

 現実世界とオンラインゲームの世界が並べて語られる時、現実側は「ネトゲでレベルを上げても意味がない」、オンラインゲーム側は「リアルなんてクソゲーだ」と対立しがち。『バケモノの子』でも同様のいさかいがあったりします。父親や楓との出会いなど、現実世界で居場所を見つけていくに従い、バランスがゆらいでくるのもネトゲ廃人にはよくあることでしょう。

 しかし、『バケモノの子』ではその対立に終わるのではなく、異世界の経験が現実でも生きるのではないかと描いている点が異色。ラストシーンの「あいつならこれからどんだけしんどいことがあっても必ずなしとげるだろうよ」という多々良の言葉が象徴的です。

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 僕が映画を観ながら重ね合わせていたのは、『ドラゴンクエスト10』のバトルグランプリ

 バトルグランプリはプレイヤー同士で戦うコロシアムでの成績を競うイベントなのですが、勝ち数で順位を決めるため、プレイヤースキルだけでなく対戦数も重要になってきます。極端な話、100回対戦して100回勝つプレイヤーより、1000回戦って800回勝つプレイヤーの方が順位が上になるわけです。

 次動画はカジノフィクサーコロシアムというプレイヤーイベントに、バトルグランプリの優勝者が出場した時のものなのですが、コメントで「まあニートなんだけどな」とののしられていたりします(45秒ごろ)。

 ただ、確かにニートなのかもしれないですが、バトルグランプリは数万人が参加するイベントなので優勝するのはとても大変です。一定以上のパフォーマンスを長時間続ける必要があるわけですが、一般の学生や社会人であっても、それができる人はどれだけいるでしょうか? 彼(彼女)がバトルグランプリに打ち込んだ力を現実世界にも振り向けた時、「うまくいくわけがない」なんて言う人はいないのではないのでしょうか。

 実際、KADOKAWA・DWANGOの川上量生社長は、ドワンゴの立ち上げ時代、ネトゲ廃人を重点的に採用していた時期があったそうです。仕事をしないでゲームばかりする人も多かったようですが、中にはニコニコ動画の中野真運営長のように今でも活躍している(ようにみえる)人もいます。

 僕が元ネトゲ廃人だからなのかもしれないですが、そうしたネトゲ廃人への優しさのようなものを『バケモノの子』から感じたのです。高卒認定試験を取りに行くという、妙に現実感のあるラストも、登校拒否でネトゲ廃人となった若者に向けたメッセージととらえると納得できます。

 本当にそうだとするとターゲットが狭い上に、劇場に多かったリア充カップルは対象外になりますが、現ネトゲ廃人の方たちにはぜひみてほしいなと思ったりしました。細田監督の作品はいつも前向きな気持ちにしてくれるのですが、『バケモノの子』からは特にそうしたエネルギーをもらえました。

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 細田監督とゲームのつながりということでは、2009年の東京国際映画祭の講演で『サマーウォーズ』のモチーフについての質問があった時、「企画当時ですとmixiの風景が一番大きなロケ地だったのではないかというような気がします。集団で銃を持って戦うというXboxのゲームを友達の家で見 たことがあるのですが、バトルシーンはそれを垣間見た感じではありますね。アニメーターの時はゲームをやっていたのですが、演出家になってからは実際に やってはいないですね」と答えています。

 しかし、本当にゲームをやっていないのかな、というシーンが『バケモノの子』にはありました。

 それは九太とくじらに変身した一郎彦とのラストバトルが、『ファイナルファンタジー14』のリヴァイアサン討滅戦と印象がかぶったからです。くじらが地面(海面)から飛び上がって攻撃してくる姿からは、極リヴァイアサンに苦労した記憶がよみがえりました(動画の3分あたり)。

 

 リヴァイアサンが実装された2014年3月27日は、『バケモノの子』の制作も進んでいた時期なので、細田監督がプレイしていたかどうか、誰かに聞いてほしいところ。4gamerあたりに、細田守監督とFF14の吉田直樹プロデューサーとの対談をセッティングしてほしいところです。